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GTOを見て、GPTを使っている自分自身が考えたこと


昨日、GTOを観ました。「TVer(ティーバー)」で。


今回のテーマの一つが「生成AI」。

クラス一の秀才・福田樹は、鬼塚先生に担任を替わってほしいと言います。

理由は、

自分より知能の低い人間に教わりたくない。

勉強のことも、分からないことも、AIに聞けば答えてくれる。

だったら、鬼塚先生から何を教わるのか。

そんな問いが投げかけられていました。

僕はこの回を観ながら、

「ついにGTOでもAIか」

と思うと同時に、少し不思議な感覚になりました。

なぜなら、

僕自身が、毎日のようにAIに相談しているからです(笑)


僕もAIに相談する

仕事のこと。

子どもへの関わり方。

スポーツのこと。

文章を書くとき。

自分の考えを整理したいとき。

「これって、どう思う?」

そんなことまでAIに聞きます。

だから僕は、

「AIに頼るなんてよくない」

とは全く思いません。

むしろ、めちゃくちゃ便利です。

自分一人では気づかなかった視点をもらえることもあるし、

頭の中でモヤモヤしていたものが、言葉になることもある。

知らないことを調べることもできる。

僕にとってAIは、

「答えをもらう道具」というより、「一緒に考える相手」

に近くなってきています。

だからこそ、今回のGTOは面白かった。


AIの答えは間違っていなかった

物語の中で、樹のおばあちゃんが突然倒れます。

どうしていいか分からない樹は、AIに相談します。

AIは、

救急車を呼ぶこと。

周囲の信頼できる大人に助けを求めること。

必要なことを教えてくれます。

別にAIは間違っていません。

むしろ、

正しい。

ここが僕は大事だと思いました。

AIが冷たいわけでもない。

AIが役に立たないわけでもない。

必要な情報は、ちゃんと教えてくれる。

でも――

不安でいっぱいになっている樹のところに、

AIは来てくれない。


鬼塚先生は「答え」を持ってきたわけじゃない

樹がいる病院を探して、

実際にそこまでやってきた鬼塚先生。

鬼塚先生がものすごい知識を持っていたわけではありません。

おばあちゃんを治せるわけでもない。

未来がどうなるか分かるわけでもない。

正解を教えたわけでもない。

ただ、

来た。

僕は、この「来た」ということが今回のGTOのすべてだったような気がしました。

心配だから探す。

一人にしておけないから行く。

そして、そばにいる。

知識ではAIに勝てないかもしれない。

でも、

人が人を想って動く。

そこに教師としての鬼塚先生の価値がありました。


じゃあ、指導者の仕事って何だろう?

ここから僕は、自分の仕事のことを考えました。

僕も子どもたちにスポーツを教えています。

これからAIがもっと進化したら、

「足が速くなる方法を教えて」

「シュートが上手くなる練習を考えて」

「この試合を分析して」

そんなことは、AIがどんどん答えてくれるでしょう。

もしかすると、

僕より詳しく。

僕より正確に。

僕よりたくさんの選択肢を出してくれるかもしれない。

だったら、

AIに相談する時代に、指導者に残る仕事は何だろう。

そんなことを考えました。


同じ「できない」でも、全部違う

保育園・幼稚園・スキップなどのけーちの指導現場での練習中、できない子がいる。

でも、

技術がなくてできないのか。

怖くてできないのか。

失敗するところを見られたくないのか。

友達との関係で気持ちが沈んでいるのか。

今日はただ疲れているのか。

本当はやりたいのに、一歩が出ないのか。

外から見れば、

全部同じ「やらない」「できない」に見えるかもしれません。

でも、その子の中では全然違う。

だから僕たちは、

表情を見る。

声を聞く。

いつもとの違いを感じる。

そして考える。

今日は声をかけた方がいいのか。

少し待った方がいいのか。

背中を押した方がいいのか。

何も言わない方がいいのか。


正解を教えることより、難しいこと

AIは「どうすればいい?」に答えてくれます。

でも指導者は、

答えを知っていても、あえて教えないことがあります。

待つ。

問いかける。

失敗させる。

一緒に考える。

そして、ときには、

ただ隣にいる。

正解を教えるより、こちらの方が難しい。

なぜなら、

「この子はいま、何を感じているんだろう?」

を見続けなければならないからです。


AIを使うほど、人間の仕事が見えてくる

僕はこれからもAIを使うと思います。

むしろ、もっと使うでしょう(笑)

分からないことは聞く。

自分の考えもぶつける。

違う視点ももらう。

AIに任せられるところは、AIに任せればいい。

でも最後に、

目の前の子どもを見て、

「この子には、今、何が必要なんだろう?」

と考えるのは僕です。

そして必要なら、

声をかける。

一緒に喜ぶ。

一緒に悔しがる。

待つ。

寄り添う。

場合によっては、

何も言わず、ただそこにいる。

今回のGTOを観て、

AIにできないことを探すというより、

AIができることが増えていくからこそ、人間がやるべきことが、逆にはっきりしてくるんじゃないか。

そんなことを思いました。

知識を伝えることだけが指導なら、

いつかAIの方が優秀になるのかもしれません。

でも、

目の前の子どもの小さな変化に気づくこと。

その子の心がどこにあるのかを考えること。

そして、その心が動く瞬間まで付き合うこと。

これは、これからの指導者にますます必要になる仕事なのかもしれません。

AIが答えを出してくれる時代に、指導者に残る仕事は、目の前の人の心が動く瞬間に付き合うこと。


GTOを観ながら、

毎日のようにAIに相談している自分自身が、

そんなことを考えました。 そして、この文章とイラストは生成AIを使ったよ(笑)



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