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「ラッキー」という言葉

7 日前
読了時間: 5分

更新日:13 時間前



さて皆さん、「ラッキー」という言葉、どんな場面で使うでしょうか??


例えば、

欲しかったものが偶然手に入ったとき。

雨が降る前に家へ帰れたとき。

くじが当たったとき。


これってどれも、自分にとってうれしい出来事が起きたときに使っていますよね。


では、スポーツやサッカーの場面ではどうでしょう。

相手のミスによって、自分たちにボールが転がってきた。 相手のシュートが外れ、自分たちがピンチを逃れた。 思いがけず、自分たちにとって有利な展開になった。

そんな瞬間、聞こえてきそうな言葉、

「ラッキー!」

です。

昨日のスキップ練習会でも、試合中にこの言葉が聞こえてきました。


その場では、子どもたちに何も伝えませんでしたが、家に帰ってからも、なぜかその言葉が心に引っかかっていて...


「自分は、何に違和感を覚えたのだろう?」


改めて深く考えました。


そして気づきました。

同じ「ラッキー」でも、そこには大きな違いがあることに


ー自分の幸運か、相手の失敗か


くじが当たって「ラッキー」と言う。


これは、自分に起きた幸運を喜んでいます。


しかし、スポーツの中で相手が失敗したときに発する「ラッキー」は、その向こう側に、失敗した相手がいます。


言った本人に、相手を傷つけようという気持ちはないと思います。


「自分たちのボールになった」

「チャンスが来た」


そんな意味で、何気なく使っている「ラッキー」。


けれど、失敗した相手からすれば、自分の失敗を目の前で喜ばれたようにも感じます。


「ラッキー」という言葉そのものが、悪いわけではありません。


僕が引っかかったのは、その言葉が誰に、何に向けられていたのか?ということでした。


言葉が、その人の見方をつくっていく


僕たちは、心に思ったことを言葉にします。


しかし、反対の流れもあるのではないでしょうか。


普段から使っている言葉によって、物事の見方や、心の向きが少しずつつくられていく。


相手が失敗するたびに「ラッキー」と言っていると、


「相手の失敗は、自分にとって喜ぶべきこと」


という捉え方が、知らないうちに当たり前になっていくかもしれません。


悪意があるから、その言葉を使うとは限りません。


むしろ厄介なのは、本人に悪口を言っている自覚がほとんどないことです。


だからこそ、子どもたちの言葉について考えることは、単なる言葉遣いの指導ではありません。


どのような心で相手と向き合う人になってほしいのか。


そこまでつながっているのだと思います。


ーこの言葉は、どこから来たのだろう


今回、「ラッキー」という言葉について考えていると、昔の記憶がよみがえってきました。


僕が子どもの頃、父親と一緒に野球中継を見ていたときのことです。


相手チームがエラーをした。

四球で塁に出た。

打ち取られたような打球が、偶然ヒットになった。


そんな場面で父親が、


「ラッキー!」


と言っていたように思います。


昭和の日本では、スポーツといえば、まず野球でした。


テレビをつければ野球中継が流れ、家庭の中にも野球の言葉や価値観が自然と入ってきました。


相手の失敗によって自分たちが得をしたときに、「ラッキー」と表現する。


僕自身も、そうした文化の中でこの言葉を覚えてきたのかもしれません。


そう考えると、これは今の子どもたちだけの問題ではありません。


我々大人が使ってきた言葉や、その時代のスポーツ文化が、形を変えながら子どもたちに受け継がれているとも言えます。


ー令和の子どもたちは


今の子どもたちは、テレビだけでなく、動画、ゲーム、SNS、友達同士の会話からも、たくさんの言葉を受け取っています。


言葉は、誰かに教えられて覚えるものばかりではありません。


何度も耳にした言葉を、意味を深く考えないまま使い始め、いつの間にか自分の言葉にしていきます。


ゲームや動画の中で軽く使われている、


「はい、終わり」

「弱っ」

「雑魚」

「ラッキー」


という言葉も、同じなのかもしれません。

これも現場でよく聞こえてくる言葉たちですね。


子どもたちの言葉には、その子の心だけでなく、その子を取り巻く時代や文化も表れています。


禁止するだけでは、心は育たない


だからといって、


「これからラッキーと言うのは禁止です」


と伝えるだけでは、少し違う気がします。


言葉だけを止めても、その言葉が生まれた心の向きまでは変わらないからです。


大切なのは、子どもたちと一緒に考えることです。


今の「ラッキー」は、自分に起きた幸運を喜んだ言葉だったのか。


それとも、相手の失敗を喜んだ言葉になっていなかったか。


もし自分が失敗したとき、相手から大きな声で「ラッキー」と言われたら、どんな気持ちになるだろう。


そこを考える機会をつくりたいと思います。


ー幼稚園の子どもたちが出していた声


けーちは20年近く幼稚園でサッカー指導をしていますが、子どもたちの日常にこんなシーンがよくあります。


「がんばれー!」

「いけー!」

「大丈夫!」

「もう一回!」


誰かに教えられたわけでもないのに、一生懸命ボールを追いかけ走っている友達に向かって、応援の声を出してくれます。


サッカーのルールや、その日に練習したことは、大人になる頃には忘れているかもしれません。


けれど、仲間を応援する声まで、成長する中で失ってほしくありません。


相手の失敗を喜ぶ声ではなく、仲間の挑戦を支える声。


相手を下げることで自分を上げる言葉ではなく、自分も相手も前を向ける言葉。


子どもたちに「ラッキーと言うな」と教えたいわけではありません。


自分が今から発しようとしている言葉は、誰に向いているのか。


その言葉を受け取った人は、どんな気持ちになるのか。


そこに少しだけ心を向けられる人になってほしいのです。


そして、それを子どもたちに伝える前に、僕自身も考えなければなりません。


普段、どんな言葉を使っているだろう。

その言葉によって、どんな心を育てているだろう。


言葉は、心から生まれます。


同時に、毎日使う言葉が、その人の心を少しずつつくっていくのだと思います。


今日も最後まで読んで頂き

ありがとうございます☆

けーち


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